キャプテン・クック記念碑 » 記念碑に行く方法を解説 / ハワイ島 ケアラケクア湾

キャプテンクック記念碑

評価 : 3.5

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ケアラケクア湾 地図

広域図

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キャプテン・クック記念碑 Captain Cook Monument

キャプテンクック記念碑

キャプテンクック記念碑

まるで、人を寄せ付けないかのように切り立った断崖に囲まれたケアラケクア湾。その一角にハワイを発見したイギリス人、James Cook(ジェームズ・クック)の記念碑がひっそりと建っています。

彼の通称名は、キャプテン・クック。名前くらいは聞いたことがある方も多いのでは?彼は、イギリス海軍の勅任艦長であり海洋探検家でもありました。

クックは、その生涯における三度の大航海のなかで、アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、タヒチ、ハワイ、南米、アラスカ等々、世界の広範囲の地域に到達しています。時代は1770年前後のこと。一つの航海には、3年程の月日を要していました。まさに世界を股にかける大冒険ですね。

クックがハワイにやってきた

クックが初めてハワイに訪れたのは、三度目の航海の時。1778年1月にカウアイ島に上陸しています。ハワイに上陸したヨーロッパ人としては初。

ジェームズ・クック(キャプテン・クック)

ジェームズ・クック
Nathaniel Dance-Holland [Public domain], via Wikimedia Commons

この時はアメリカ西海岸やアラスカ探索のため、すぐにハワイを発ちます。それから一年の月日が流れた1779年1月17日、それらの地域の探索を終えた彼らは再びハワイ諸島へ戻り、今度はハワイ島のケアラケクア湾に上陸しました。

丁度この時期にマカヒキ祭(収穫祭)を行っていた先住民達は、海からひょっこりやってきたクックを、ハワイの農耕の神様「ロノ神」の化身と勘違いしたといいます。

クックが乗っていたレゾリューション号(二度目の航海時、タヒチにて)

クックが乗っていたレゾリューション号(二度目の航海時、タヒチにて)
William Hodges [Public domain], via Wikimedia Commons

ロノ神は、収穫祭の時に海からやってくるという言い伝えがあるうえ、クックが乗っていた船、レゾリューション号がロノ神が乗ってると言われている船とそっくりだったのです。そんな偶然の一致で神様と間違えられたクック達一行は、当時のハワイ島の王であったカラニオプウ(カメハメハ1世の叔父)に、とても歓迎されたのでした。

しかし…

1ヶ月程の滞在の後、ハワイ島を発ったクック一行でしたが、嵐に遭いメインマストが折れてしまいました。修復のため、ハワイ島に引き返すことを余儀なくされます。

その頃、ハワイ島ではマカヒキ祭が終わっていました。収穫祭でないのに海から現れてしまったクック。乗っている船はボロボロ。先住民にとってマストの帆は、クックをロノ神としてイメージさせる象徴的なアイテムでした。それが折れてしまっている。そんな有様を見た先住民達に疑念が湧きあがります。「クックはロノ神の化身ではないのでは…?」

以前の歓迎ムードは、すっかりなくなってしまいました。数日後、先住民が起こした盗難事件を発端にして、武器による争いになるまでに発展。クックは先住民に取り囲まれ、頭を殴られ刺し殺されてしまいます。1779年2月14日のことでした。

ジェームズ・クックの最期

ジェームズ・クックの最期
By Not provided by uploader; archival photograph by Mr. Sean Linehan, NOS, NGS [Public domain], via Wikimedia Commons

クックの死から約100年後の1874年。亡くなったこの地に、クックを偲びイギリス人によって記念碑が建てられました。それがキャプテン・クック記念碑です。

以上の内容は、次のサイトを参考にさせて頂きました。

参考サイト

2016年2月更新

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